平成30年7月6日,民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号)が成立しました(同年7月13日公布)(また、同時に、「法務局における遺言書の保管等に関する法律」が成立しました)。
昭和55年以来の民法相続分野での大きな見直しとなります。
日本社会が高齢化し、相続開始時における配偶者の年齢も相対的に高齢化しているため,残された配偶者の生活を保護する必要性などに配慮した改正内容となっています。
また、遺言書の利用を促進することで,相続をめぐる紛争を防止する等の観点から,自筆証書遺言の方式が緩和されるなど改正内容は多岐にわたります。

今回の改正法案の主な内容としては、①配偶者居住権を保護するための方策の創設②遺産分割制度についての見直し③自筆証書遺言書の方式緩和など遺言制度の見直し④遺留分制度の見直し⑤相続の効力等に関する見直し⑥相続人以外の者の貢献を考慮する制度の創設があります。
以下、各々について、具体的に説明していきます。

1. 配偶者居住権を保護するための方策の創設

配偶者居住権を保護するための方策は、次のように大きく2つに分かれます。
➀配偶者の居住権を比較的短期間に限って保護する方策(配偶者短期居住権)
②配偶者がある程度長期間その居住建物を使用することができるようにするための方策(配偶者居住権)

(1)改正の背景

被相続人(亡くなった人)の資産に金融資産(現金、預貯金、有価証券など)が乏しく、主な資産が自宅不動産である場合を考えてみましょう。
これは、一般的に、よくある事例です。
「自宅はあるけど、お金は無いよ~」ということです。

この場合に、被相続人の配偶者とその他の相続人(被相続人の子供や兄弟姉妹など)との関係が良好でないとすると、どうなるでしょうか。
遺産分割の過程において、
「お金がないなら、自宅を売ってお金にして、みんなに分けてよ!」
と言われ、配偶者が自宅から退去を迫られることが考えられます。

また、配偶者が自宅の所有権を相続し、住み続けることができたとしても、
仮に自宅の不動産評価額が高額であれば、
現金や預貯金などの金融資産の取り分が少なくなり、
結果的に、生活が不安定となるということも考えられますよね。

そこで、この度、残された配偶者を保護するために次のような
配偶者の居住権を守る制度が新設されました。

(2)配偶者短期居住権

配偶者は、相続開始時に被相続人の建物(居住建物)に無償で住んでいた場合には、次のようなⅰ)ⅱ)の期間、居住建物を無償で使用する権利(配偶者短期居住権)を取得するものとされました。

ⅰ)配偶者が、居住建物の遺産分割に関与する時は、居住建物の帰属が確定する日までの間(ただし、最低6ケ月間は保障)。
ⅱ)居住建物が第三者に遺贈された場合や、配偶者が相続放棄をした場合には、居住建物の所有者から消滅請求を受けてから6ケ月。

(3)配偶者居住権

配偶者が相続開始時に居住していた被相続人所有の建物を対象として、終身又は一定期間、配偶者に建物の使用を認めることを内容とする法定の権利(配偶者居住権)が新設されました。
  ↓
ⅰ)遺産分割における選択肢の一つとして
ⅱ)被相続人の遺言等によって
配偶者に配偶者居住権を取得させることができるようにしました。

2. 遺産分割制度についての見直し

(1)配偶者保護のための方策(持戻し免除の意思表示の推定規定)

Ⅰ)改正の背景

被相続人が、残される配偶者のことを考えて、その土地や現金などの資産を生前に配偶者に贈与等したとしましょう。
この場合、原則として、被相続人の死後に遺産として相続するはずのものを、配偶者は先に渡されたと考えられるのです(遺産の先渡し=特別受益)。
これはどういうことかと言いますと、
生前に贈与等された財産についても、被相続人の死後、その遺産の中に含まれるものとして考えられることになります。
(=贈与財産の持ち戻し)
とすると、生前贈与を受けた財産も遺産分割の対象となります。
それゆえ、被相続人がせっかく生前に配偶者に資産を贈与等しても、それがなかったのと同じような結果になってしまうわけです。
ただ、それでは、被相続人が、残された配偶者の生活の安定を考えて資産を贈与等した意図が実現できずじまいとなってしまうという弊害がありました。

Ⅱ)制度のポイント

婚姻期間が20年以上である夫婦の一方配偶者が、他方配偶者に対し、その居住用建物又はその敷地(居住用不動産)を遺贈又は贈与した場合については、民法第903条第3項の持戻しの免除の意思表示があったものと推定し、遺産分割においては,原則として当該居住用不動産の持戻し計算を不要とする(当該居住用不動産の価額を特別受益として扱わずに計算をすることができる。)。

これによって、残された配偶者の長年の貢献に報いるとともに、老後の生活の安定に資することになります。被相続人の意思にも沿う結果となります。

(2)仮払い制度等の創設・要件明確化

  
仮払い制度等の創設・要件明確化については、
ⅰ)家事事件手続法の保全処分の要件を緩和する方策
ⅱ)家庭裁判所の判断を経ないで預貯金の払戻しを認める方策
これら二つの仮払い制度が新設されました。

Ⅰ)改正の背景

従来、相続された預貯金債権は、遺産分割の対象となりませんでしたので、
共同相続人はそれぞれの持ち分に応じて(法定相続分)、
銀行に対して払戻を請求することができました。
それが、平成28年12月19日、最高裁において従来の判例を変更し、
預貯金債権は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象になると判断されました。
これによりどうなるかと言いますと…。
遺産分割が終わるまで共同相続人が持分に応じて単独で銀行に対して払戻を請求することができなくなりました。
具体的にどうなるかと言いますと…。
生活費や葬儀費用の支払い、相続債務の弁済など…
お金が必要になる場面が沢山あるにもかかわらず、
遺産分割が終わるまでの間、相続人は単独で被相続人の預金の払い戻しができない!
共同相続人の間で一部分割の合意をすればオッケーと言われても、
それはそれで面倒なこと。。。
というわけで、とっても不便になってしまったんですよね。
そこで、今回の改正となります。

Ⅱ)制度のポイント

遺産分割における公平性を図りつつも、
相続人の資金需要に対応できるように…
ということで、2つの仮払い制度が設けられました。

ⅰ)家事事件手続法の保全処分の要件を緩和する方策

預貯金債権の仮分割の仮処分については、家事事件手続法第200条第2項の要件(事件の関係人の急迫の危険の防止の必要があること)を緩和することとし、家庭裁判所は,、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要があると認めるときは、他の共同相続人の利益を害しない限り、申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部を仮に取得させることができることにしました。

ⅱ)家庭裁判所の判断を経ないで,預貯金の払戻しを認める方策

各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち、各口座ごとに以下の計算式で求められる額(ただし、同一の金融機関に対する権利行使は、法務省令で定める額を限度とする。)までについては、他の共同相続人の同意がなくても単独で払戻しをすることができる。
【計算式】
単独で払戻しをすることができる額=(相続開始時の預貯金債権の額)×(3分の1)×(当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分)

(3)遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲

Ⅰ)改正の背景

相続が開始した後に、共同相続人の一人が遺産に属する財産を処分してしまった場合、
計算上不公平が生じることとなっていました。
具体的には、どんな場合かと言いますと…。
例えば、お父さんが亡くなって(被相続人・父)
相続人が長男、長女の二人とします(法定相続分1/2ずつ)
遺産は預貯金の2000万円のみで、
長男には父が生前に自宅建設資金として2000万円を贈与していたとします
(長男へのこの生前贈与2000万円が特別受益となります)。
その長男が相続開始後、ひそかに預貯金1000万円を引き出したとしましょう。

〇長男による1000万円の引き出しがなかった場合の相続
長男(2000万円+2000万円)×1/2―2000万円=0円
長女(2000万円+2000万円)×1/2=2000万円
→長男:0円+2000万円=2000万円 、長女:2000万円

〇長男による1000万円の引き出しがされた場合の相続
遺産分割時の遺産は1000万円のみ
長男 1000万円×(0/2000万円)=0円
長女 1000万円×(2000万円/2000万円)=1000万円
→ 長男 2000万円+1000万円+0円=3000万円
  長女 1000万円

〇民事訴訟における救済の可能性

民事訴訟においては、具体的相続分を前提として不法行為や不当利得による請求をするのは難しい。
仮に成立するとしても、法定相続分の範囲内(本事例であれば、500万円)にとどまると思われます。
→長男 3000万円―500万円=2500万円
 長女 1000万円+500万円=1500万円

これでも、まだ、不当な払い戻しをした長男の方が得をすることになってしまいます。
そこで、このような不公平を是正するために、次のような制度が新設されました。

Ⅱ)制度のポイント

ⅰ)遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人全員の同意により、当該処分された財産を遺産分割の対象に含めることができる。
ⅱ)共同相続人の一人又は数人が遺産の分割前に遺産に属する財産の処分をした場合には、当該処分をした共同相続人については、ⅰ)の同意を得ることを要しない。

先程の事例で言うと…
処分された財産について遺産に組み戻すことについて処分者(長男)以外の相続人(長女)の同意があれば処分者(長男)の同意を得ることなく、処分された預貯金(1000万円)を遺産分割の対象に含めることを可能とし、不当な出金がなかった場合と同じ結果を実現できるようにしました。

長男:0円(本来の取り分)=1000万円(出金額)-1000万円(代償金)
長女;2000万円(本来の取り分)=1000万円(残預金)+1000万円(代償金)

3. 遺言制度に関する見直し

(1)自筆証書遺言の方式緩和

Ⅰ)改正の背景

自筆証書遺言は、その全文を自署(手書き)する必要があります(民法968条1項)。ただ、遺言の本文だけでなく、財産目録も全て、手書きとなると、書くだけでも大変です。
その上、書き間違ったりした場合には、決まった要式で訂正する必要があり、これができていないと、自筆証書遺言は無効となってしまいます(民法968条2項)。
ですので、自筆証書遺言は、便利なようでいて、とても面倒な制度ともいえました。

そこで、次のように、自筆証書遺言の方式が緩和されることになりました。

Ⅱ)制度のポイント

全文の自書を要求している現行の自筆証書遺言の方式を緩和し、自筆証書遺言に添付する財産目録については自書でなくてもよいものとされました。
ただし、財産目録の各頁に署名押印することが必要となります。

自筆証書遺言のうち、財産目録の部分については自署する必要がなく、ワープロで作成してもよいこととされました(通帳のコピーの添付でOK)。この改正により、財産目録だけでも手書きの面倒臭さが減り、記載内容の不備により無効となる危険も減ることから、今後、自筆証書遺言の利用の増加が見込まれます。

(2)自筆証書遺言書の保管制度、検認手続に関する見直し

Ⅰ)改正の背景

自筆証書遺言を作成した場合に、その遺言書は自宅で保管されることが多いため、
どうしても、紛失、破棄などのおそれがありました。
また、遺言者が死亡し、自筆証書遺言が発見された場合に、
裁判所による検認の手続きを経なければなりません。
自筆証書遺言は、その手続きの煩雑さから、利用が促進されないという現状がありました。

Ⅱ)制度のポイント

法務局において遺言書を保管する制度(「法務局における遺言書の保管等に関する法律」)も成立しました。
では、これはどんな制度なのでしょうか。

具体的には、遺言者は、自ら作成した自筆証書遺言について、遺言書保管所として指定された(住所地、本籍地、所有不動産の所在地を管轄する)法務局に対して、当該遺言の保管申請を行うことができることになりました(法4条2項)。
なお、代理申請は、できないこととなっています(法4条6項)。
そして、申請が許可された遺言書については、
遺言書の画像等の情報が磁気ディスク等に保存されます(法7条2項)。
また、遺言者の死亡後、その「関係相続人等」(相続人、当該遺言書に記載された者など)は遺言書保管官に対して、「遺言書情報証明書(遺言書保管ファイルに記載された事項を証明するもの)」の交付を請求することができるようになった(法9条1項2項)他、遺言書原本の閲覧を申請・請求することもできるようになりました(法9条3項)。
さらに、当該法務局に保管された自筆証書遺言については、検認手続を要しないこととされました(法11条)。

このように、自筆証書遺言の保管場所が確保され、検認手続きも不要となることから、今後、自筆証書遺言の利用促進が大きく期待されることとなります。

(3) 遺言執行者の権限の明確化等

ⅰ)遺言執行者の一般的な権限として、遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は相続人に対し直接にその効力を生ずることを明文化する。
ⅱ)特定遺贈又は特定財産承継遺言(いわゆる相続させる旨の遺言のうち、遺産分割方法の指定として特定の財産の承継が定められたもの)がされた場合における遺言執行者の権限等を明確化する。

4.遺留分制度に関する見直し

ⅰ)遺留分減殺請求権の行使によって当然に物権的効果が生ずるとされている現行法の規律を見直し、遺留分に関する権利の行使によって遺留分侵害額に相当する金銭債権が生ずることとされました。
ⅱ)遺留分権利者から金銭請求を受けた受遺者又は受贈者が、金銭を直ちには準備できない場合には、受遺者等は、裁判所に対し、金銭債務の全部又は一部の支払につき期限の許与を求めることができることになりました。

5.相続の効力等に関する見直し

特定財産承継遺言等により承継された財産については、登記等の対抗要件なくして第三者に対抗することができるとされている現行法の規律を見直し、法定相続分を超える部分の承継については、登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができないこととされました。

6.相続人以外の者の貢献を考慮するための方策

Ⅰ)改正の背景

相続人以外の者が、被相続人に対して無償で介護などを尽くすことがあります。
とはいえ、この者は、相続財産を取得することができません。
典型的な事例が、嫁が義理の両親のお世話をしていたような場合です。
例えば、長男の嫁が、義母の介護を尽くしたとして、その後、義母が死亡。
その時の相続人が義父と長男と次男だったとします
(長男の嫁は、義父と長男とは同居と仮定)。
この場合、長男の嫁が義父と長男との関係が劣悪であるなどの事情がなければ、
義母の遺産の相続を受けないとしても、その恩恵を受けることが考えられます。
ですが、もし義母の介護をしていた時点で、すでに義父も長男も死亡していた場合、
相続人は次男のみですよね。
これでは、義母の介護を尽くした長男の嫁は、義母の遺産を相続することはなく、全ての遺産が次男に相続され、結果、何らの恩恵も受けることができないといった事態になりかねないのです。

Ⅱ)制度のポイント

相続人以外の被相続人の親族が、無償で被相続人の療養看護等を行った場合には、一定の要件の下で、相続人に対して金銭請求をすることができることとされました。

7.終わりに

相続法の改正は、身近な問題に関わるところですので、細かいところについて、今後、説明を加えていきたいと思います。

特定行政書士
申請取次行政書士(immigration lawyer)
若林かずみ(wakabayashi kazumi)
和(yawaragi)行政書士事務所
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